| 【英語】
英語の教師になろうとしていたくらいだから(と言っても、教育に燃えていたわけではなく、好きだった女の子が教師を目指していたから、という情けなくもリアルな理由だったけど)英語だけは得意科目であった。細かな記憶は既に薄れてしまったが、中学時代にBeatlesの歌を聴いて、歌詞の内容がどうしても知りたくて自分で勉強したことが大いに役に立った。やはり“自ら学ぶ”という姿勢は大切だ。
勿論、単語や熟語といった「知らなければ苦しい」分野についてもそれなりに勉強したが、丸暗記というのは当時からとても苦手で、何かしらこじつけて脳内に定着させるという方法をオリジナルで編み出していた。参考にしたのは「試験に出る英単語」という当時のベストセラー単語集に出ていた『接頭辞・接尾辞』の考え方であったが、勿論それだけでは足りず、かなりインチキ臭い覚え方もしたものだった。例えばvastという単語は「巨大な」という意味を持つが、当然の如く「バストがデカい」と覚えていたし、subtleは逆に「微細な、小さい」という意味だが、これはたまたま友達のサトルくんが小さな少年だったことを利用して「サトルは小さい」と覚えていた。こんなものでも記憶に定着させるという点からはかなり効き目があったのだ。
解釈については「何か言いたいことがあるんだから書いてるんだろ。だからそれを読み取ればいいんでしょ」といった醒めた態度で臨んでいたが、これはまさしくその通りであったということをのちに理解した。英文を読むことで、今まで自分の知らなかった考え方やモノの見方を教わったので、問題を解くのはとても楽しかった。それが現在の私の教授法の原点であり、今後も変わらないと思われる。
何しろ英語だけはやっていても苦にならなかったので、栄進予備校の諸君も何か自分の生活と密着した事柄と絡めながら勉強してもらいたいと願っている。
ちなみに、受験の年は夏までに文法をほぼ完璧にするよう心掛けた。完璧であるかどうかは英作文をやってみて、おかしなところがないかどうか、で判断していた。諸君はあまり英作文に対して積極的でないようだが、やってみて損はない。
秋以降は受験する大学の過去問を解く以外には単語・熟語の見直しをする程度で済んだことが、他の科目に割く時間的余裕を生んだので、諸君も英語を早期に仕上げるという目標を持って勉強して欲しい。
【数学】
共通一次と東大の二次試験にだけ使うという半端な状況であり、この科目が私をかなり苦しめた。その2つの試験のレベルがあまりにも違っており(勿論、共通一次は易しく、東大二次はすげぇ難しい)、夏過ぎあたりからは以下の戦略を立てることで自分を安心させようと必死であった。
■戦略その1
共通一次は高1レベルなので、俺様ならほぼ満点を取れる。
■戦略その2
東大二次は難しいので、他の受験生もそんなには解けないはずだ。それに、ここ数年、4題中1題は必ず確率・順列・組合せから出題されているので、その問題だけは絶対に正解する。他の3題は最悪捨てても俺様なら総合点では合格点に達するはずだ。
ま、これを戦略と呼ぶかどうかは判断が難しいが、苦手分野を捨てて、ちょっとだけ得意な分野で何とか得点するという考えも、試験の種類・レベルに応じてあってもよいという発想である。これがのちのち私の「人生こそは最大のギャンブルだ」という哲学に繋がってゆくわけだが、よい子の皆さんはマネしない方がいいかも。
【国語】
こんなことを言うと不遜に思われるかもしれないが、国語の解法を勉強したことはおそらく一度もなかった。しかし、模試での偏差値が60を切ることは皆無であったし、たぶんやや得意科目(少なくとも現代文は)であった。
これは私がその当時自作の歌の詩をいつもいつも考えていたことと無縁ではあるまい。詩を作るという行為はただの言葉遊びではなく、自分と真摯に向き合うことを求められる。それを繰り返すことで感性は磨かれるし、たかが大学入試程度の現代文や英文に書かれていることなどは、解答が決まるように出題されるわけだから、難なく読めたという記憶がある。ただ、これはあまりにも特殊なゾーンに自分がいたのかもしれないと今は考えている。なので、あまり参考にはならんだろうね。
古文については人並みに単語や文法もやったような気もするが、基本的には「古いといってももとは日本語。だから俺様なら大丈夫なはず」と思っていたフシもある。日々の訓練として“古作文”というのを独自にやっていた。これは「英語には英作文があり、それで英語力が鍛えられる。古文も古作文をやれば絶対に力がつく」と信じていたからにほかならない。時間が勿体ないので、英文を和訳したものを古文で表すといった技を使い、英語と古文を同時に勉強するということもやった。少なくとも自分にはひじょうにマッチした学習法であったが、当時周囲の他の受験生は誰もマネしてくれなかった。っつーか、きっと今もそんなこと誰もやってねえか。
つまり、私にとって現代文も古文も「生活の中に存在する科目」であったので、取り立てて勉強するというものではなかった、ということである。
【日本史】
一番勉強したのが間違いなく日本史であった。その理由は「あまり興味を持てない科目(特に古代)であった」ということだ。興味がない、というのは苦痛であったが、それをバネに、日々範囲を決めて教科書を読み、内容をまとめ、「受験の日本史」という問題集(今もあるのかな?)という本で定着を図った。ある程度定着したら、今度は自作の年表を時代ごとに作り(この作業は受験生時代最も楽しかった)、知識と流れをまとめていった。ちなみに、この年表は周囲の友人たちから絶賛され、ついに販売に至った。商売人・河本の誕生でもあったわけだ。
したがって、実は最終的には英語よりも確実に得点できるのが日本史となった。記述問題に対する備えも万全で、東大二次試験に対しても絶対の自信を持つようになったのだが、とある理由で(ま、一次試験の得点が足りなかったということですが)東大を受けるには至らなかったのが、唯一受験での心残りである。
【政治経済】
現代のことも話題になる分、日本史よりは興味が持てたし、教科書が薄いというのも魅力の科目であった。しかし、上智大学では政経受験が許されず、致し方なく日本史をメイン科目にしていた。なので、割いた時間は日本史に較べれば10分の1あるかどうかというところだろう。それでも共通一次は9割が取れるし、教科書や参考書から様々世界の情勢がわかる科目なので楽しくはあった。
【生物・地学】
共通一次試験の会場で、理科の問題を解いている時間、とても暇だった。なぜならほぼ1年間生物も地学も教科書を開くことなく(!)受験したため、答えのほぼ全てが「勘」であり、2時間の試験時間のうち1時間半は意識が朦朧として「この勘が当たっていますように」とひらすら祈るだけであったからだ。
結果は200点中48点....。泣きたいような気持ちになったが、それもまた人生、と潔く東大に出願し、潔く足切りされた。
せめて理科が1科目だけならなぁ、と恨めしい気持ちにはなったけどね。
今でも覚えている言葉があるよ。「モホロビチッチの不連続面」「ジオイド」「フーコーの振り子」「ドップラー効果」....。ん〜、国公立を目指す文系の諸君。理科を大切にネ。
【受験結果について】
東大はともかく、実は自分では滑り止めだと考えていた立命館に落ちたのは相当ショックであった(立命館にとっては失礼な話だが)。受験に慣れるという意味も含め、最初に受けた試験であったし、他校より偏差値ではやや劣るところでもあったからね。
ま、そこで落ちたことが気持ちを引き締める要因にもなったし、その後の連勝を生むわけだが、一歩間違えれば全敗も有り得るのが受験だとわかった。今こうして諸君に対して先生然としているが、いやいや結構綱渡りって感じだったもんさ。
諸君の健闘を祈るし、いろいろとお手伝いもさせてもらうが、「最後は自分」ということだけは忘れずに。人に言われてやっているうちは大成しませんぜ。受験を通じて自らと対峙する、という気持ちも大切だし、「受験なんて所詮ゲームだ」という考えも持っておきたいね。
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